第3話「涙のあとにもう一度」


 まずは、帰宅から視聴までの私の行動からお楽しみください。

 帰宅する間中、どうなるのかとCLANNADに期待する。渚が手を振るシーンがクラナドの中で一番印象に残っている、好きなシーンである。なので、前回の渚が倒れたシーンからどうにかして、一続きで見れないものかと考え、第2話をもう一度見てすぐに3話を見ればいいと気付く。帰宅後、ばたばたして漸く落ち着く。まずは、2話だ。やはり能登はどうにかならんのかと思う。そして、3話。さぁ、渚が倒れた後どうなる!?原作とは少し違うが、朋也が衝撃を受けたことには変わりがないはず。
 まず、幻想世界から。おぉ、ガラクタの体、かなりリアルだな。さすが京アニ、レベルが違う。OPか。しかし、何回見てもネタバレすぎるな。
 そして、本編。

 古河パン!!←???

 「いらっしゃいませー、って何だお前かよ」
 「客じゃなくて、わるかったな。」
 「毎度毎度・・・・」
   ・
   ・
   ・
 「古河はあれからどうした?」←ぽか〜ん

 やっ、やっ、やりやがった・・・・京アニ、やりやがったぁなぁぁぁ!!
 どちくしょう!!!!
 「せぇぇぇっい!!」←テーブルを手刀で真っ二つにしようと試みるが、当然無理
 「ふんっ!!」←テーブルを頭で割ろうと試みるが、当然無理
 ちょっ・・・このっ、これ・・・・・おいいいぃぃぃぃぃぃぃ。←うまく言語化できてない

 これが、これが現実だというのか・・・・・・・・現実なのか・・・・元気ですかっ〜!←頭がいってる

 やられた!何このスルーっ!!すでに問題は解決済みで、日まで明けてるっ!
 がっかりですよ!
 なぜこんなことに。いや、確かにこの手法は存在しているんです。あちらこちらで使われています。しかし、それをすばらしい手だと誰が言った!この手法はお茶を濁すための、いや、逃げの一手ですよ。負けを認める一手なんですよ。ぐぁぁぁぁ。なんてことを。京アニはやってはいけないことをやってしまった。完全に波を潰してます。盛り上がりを潰してますよ。事実を追うことがそんなに大事ですか・・・・・おまけに、渚が朋也に手を振るという私が一番好きなシーンのためが足りない。演出が足りない。ここが最初の分かれ道なんですよ。ここで渚が自分から動いたから・・・後の渚の強さが垣間見えているシーンなんですよ・・・・・その盛り上がりがない!
 その後は、場面転換もなしに風子(和み)登場ですよ。すべてがさらっと流されていく・・・・
 はぁ。私にとっては、今回は期待以下で、これは決定的に温度差が違ったのが原因なんでしょうね。自分がどれだけ良いと感じたシーンでも、他の人にとってはそうでもないだろうし、また制作においても、私が期待するだけの完成度が必要ない(よく動くという点に関してはすごすぎるが)と感じているのか、あるいは限界なのか・・・・・・ラストに近くなれば否応にも盛り上がるでしょうが、序盤や中盤が無難でいいというわけでもないでしょう。京アニのレベルが高いからこそ、高い完成度が要求されるわけで、本当にこのできでいいんですかと聞きたい。もしかしたら、やむを得ず、このできで納得しているのかもしれません。もっとできるはず、できる子なんです!
 とりあえず、もっと波を作ってほしい。波のある事実を挿入することと勘違いしないように。いかに盛り上げ、緊張させ、感動させるか、そういった波が原作CLANNADには序盤からあったはず。だから最初から最後までおもしろかった。事実の羅列だけのCLANNADはいらない。
 次回から感想は週末というということで。